「行ってきます」ランドセルを背負い、元気に飛び出していく我が子を見送る父親。何気ない平和な家庭の日常の一コマです。しかし、この父親にとって、子どもの後ろ姿は特別なものでした。実は、そのランドセルは亡くなった長男のものだったのです。

この家庭は兵庫県芦屋市で阪神大震災に見舞われました。住んでいたアパートは全焼。七歳の長男が犠牲になりました。瓦礫の山から長男の黒いランドセルが見つかったのは、震災から数週間後のことです。ほぼ無傷だったそうです。

父親は「短い生涯の証」と思い、懸命にそれを取り出しました。中にはきれいに削られた鉛筆、教科書、そして「せんせいあのね」で始まる日記帳が入っていました。

日記には、前日の夕方に家族で作ったカレーの話がつづられていました。その文は「あした、たべるのが楽しみです」で終わっていました。明日も普通の一日が来ると信じていたのです。

その後、次男が誕生し、両親の心に徐々に変化が起きていました。しかしあのランドセルは十数年間、相変わらず部屋の棚の奥に眠り続けていたのです。

次男が小学校へ入学するとき、父は何気なく「ランドセルどうする?」と尋ねました。すると死んだ兄のランドセルを知っていた次男は、「あのランドセルを僕は背負って行く」と答えたそうです。

子どもの月命日の17日には、家族でカレーを食べることが習慣になりました。

この世で巡り合うことはなかった兄弟だけれど、この兄の形見のランドセルに弟はきっと兄の声を聞き、また肌でぬくもりを感じているに違いありません。以心伝心・・・言葉だけではない、心から心へ伝わるものがあります。声なき声を感じ取れる・・・そんな心を育むことができれば、子どもの人生は豊かになると信じています。

とある僧侶が「以心伝心」の意味を説くときに紹介した逸話を私が要約した文章です。私には、今回犠牲になった方々の「より良き未来を!」の声が聞こえるのですが・・・。